春から始まった「私の推し本」コーナー。春・夏・秋・冬、シーズンごとにテーマを決めていろいろな人の“推し本”を紹介していきます。2021年夏のテーマは「旅」。
●本を紹介してくれる人●
本活倶楽部 笠井木々路(かさいこころ)
『「旅」の誕生: 平安―江戸時代の紀行文学』
古代の旅は、今の旅ほど楽なものではありませんでした。
想像してみてください。今でこそ道路や駅が整備され、徒歩でも自動車でも電車でも、好きな手段で移動ができます。道に迷ったらスマホで調べればいいし、ガイドブックもたくさん出版されている。疲れたり、お腹が減ったりしたらお店に立ち寄ればいいし、宿に泊まることもできます。
でも、昔の日本には一切合切、なんにもありませんでした。
昔、日本列島に足を踏み入れた人々は、海や山で生活を営み、やがて物々交換による交易を始めました。より安全で通りやすいルートを模索して人が何度も土を踏みしめ、行き来を繰り返してできたのが「道」になります。
「駅」は飛鳥時代の大化の改新後、税を地方から中央に輸送するために馬を補充する駅家(うまや)が整備されたことから始まりました。駅という字に馬がつくのはこのためです。ちなみに、同時代の僧侶・藤原真人が発見した温泉のそばに造った湯壺が「旅館」の発祥といわれます。この湯壺は世界最古の宿泊施設「慶雲館」として今も現存しているそう。
「旅」は途中で道に迷って遭難したり、野生動物に襲われて命を落とすのが当たり前の時代から、じょじょに安全なものへと変わっていきました。庶民でも気軽に旅を楽しめるようになったのは江戸時代から。日本は識字率の高い国で、旅行記や紀行文もブームになり、「旅」は娯楽や行楽に変わっていったのです。
この本は、こうした「旅」の歴史のほか、在原業平、松尾芭蕉といった日本の「旅人」たちの旅する目的、意識がどう変わってきたのかも教えてくれます。
新型コロナウイルスの蔓延によって県や国をまたぐ移動がままならなくなってしまった昨今、いっそ「自由に旅ができること」のありがたみを原点からかみしめることで、また自由に旅ができるようになった時の喜びが二倍にも三倍になるかもしれません。
●推し本情報
タイトル:『「旅」の誕生: 平安―江戸時代の紀行文学』
著者:倉本 一宏
出版社:河出書房新社
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